人生2018 なぜ旅をするか、なぜ一つのことを続けないか

 発達と田舎の話 - tokisabaのブログ http://hackerhouse.hatenablog.com/entry/2018/12/26/155420


わかりみしかない。けど俺はあんまり自分が発達なんとかやADSLみたいなアレがみたいな観点で考えたことないから、みんな苦労してんだなーと思った。

何十回も引っ越したり毎週海外に行ったりはまさにこれの症状なんだけど、一回くらいそういう切り口でまとめてみたい。

結構もう処世術というかそれを踏まえてどう対処するか固まっちゃった部分あるけどなー

俺自身は「定形=同じこと続ける、みんなと同じが正しい」な人たちと自分が違うと子供の頃から自覚してて、結論として「アリとかその他いろんな生き物が役割で分化してるみたいなもんだな」と昆虫採集しながら結論づけて、「なら俺は俺で俺の役割をやろうかなー」と行動してきた感じなので…


人類全体の繁栄を考えた場合、維持するやつと発展させるやつの両方が必要で、「常識に沿って行動を規定する、みんなと同じが、普通がベスト」とする個体に分化したほうの人類は「維持」を行う。

でもそればっかだと種として行き詰まってしまうので、突然いつもと違うことをする落ち着きのないヤツがたまに必要で、それで誰かが農業とか狩猟とか電気とか衣服とか道具とかパソコンを発明したと思うんだけど、それらはだいたいの場合「常識を疑い、新しいことをやりたがり、落ち着きがない」タイプの個体分化したほうの人類が「発展」を担っているのだと思う。

「発展」に関して言えば、野口英世が普通を目指していたら撲滅されていない病気もあったと思うし、ゲイツやジョブズが普通を尊んでいたらパソコンやスマホは全世界に違った形で現れていたかそもそも存在せず紙を使って仕事をしてたと思う。

そんな大きな話じゃなくても、たまに新しい狩場を探すとか、新しい土地で違う植物栽培開始してみるとかそういうヤツがいなければ納豆とかチーズとか「これ軽く放置したら美味くなった!」って突き詰めて考えて新しいことを試していったやつが過去にいたんだと思う。うなぎとかナマコ食ってみたやつとかも。

ある一定の人口とか条件が揃ったときそういう分化が起きるのではないか?と思っていて、何らかの今当たり前になってる道具とか慣習とか宗教とかが発生したときにに、それらを頑張って突き詰めて考えたりした人類と、それが流行ってから維持するために定着させて取り入れた人類がいたんだと思う。

もっと言えば、地球上の謎エリアを目指していたらナイスな場所見つけたから住んでみたってのもそうかもしれないし、肥沃な大地見つけたからみんなで住もうとか一緒に狩猟すれば効率いいじゃん楽しいじゃんウェーイという維持のグループがイキって狩りしまくった結果マンモス滅んだりしてきたのかもしれない。

子供の頃に歴史を学んだり動物や昆虫の習性を学んだりして「あ、ピラミッド作るアホとそれに従属するアホがおったんやな」とか「謎のルールを決めて流行らせた集団とそれに従った集団がおったんやな」とか、落ち着きがない個体がなんか作って維持の個体が広めたり受け入れたりしての繰り返しだなーって感じてた。

なので、自分は自分の役割をやるべきでは?人と同じことをやる必要なく、心のおもむくままに新しいことを試したり行きたい場所に行けばいいのでは?と中学生くらいまでに考えていて、そういう目でいろんなものを見ていた。もうデザインがそう設計されてるし配られたカードで戦うしかない、それでやって行くしかないとそういった特質を受け入れ、「なんでやったの?」「そうすべきだと思ったから…」と大人に怒られていた。

羽アリに働けと行っても、「俺は羽でどっか飛んできたいんだけど」って感じだろうし、働きアリに飛べと言っても彼らに羽はついてないのだ。そういうふうに分化したので。

ガリレオは新しい概念を考えて、維持のグループが迫害したし、「右の頬を殴られたら左も差し出そうぜ!」と2000年前に言い出したパンクなやつは維持のグループに丘で十字架にかけられて槍で刺されたりした。

そんなふうに、新しくて楽しい何かを考えたり発見しても、周りに受け入れられなくて迫害されたりしてアホやなーってのが人類の歴史の各所で見られる。

俺が路上でパソコン開いて変人扱いされていた時代に比べ、今ではカフェで老若男女パソコン開くかスマホいじるかしかしてない時代になっている。こういうの、人類のいろんな時代で落ち着きないやつが試して広く普及して当たり前になったやつ多いんだろうなーと思う。

人と同じことをしろと子供の頃は迫害されてきたけど、まあそんなの生まれついての特質が異なるのだから無理なもんは無理だし、羽アリと働きアリの両方が結果として存続のために必要だからまあそんなもんやろな、じゃあ自分の役割はなんだろなーとフラフラして考えたりなんか作ったりしていた。

その結果、旅行に行き過ぎて「なんでお前はドバイにこんなに頻繁に行っているの?石油王なのか?」「や、ヨーロッパ行くのにそこで乗り換えるのが楽で…空港でチェックインしていて…」のような問答をして石油王と呼ばれるようになり、逆に「なんでそんなフラフラしながら音楽作ってるの?吟遊詩人なの?」「や、煮詰まらないように環境変えて作業してんねん…」のようなやり取りが発生したりしていた。


「人間とは何か?」


みたいなことに自分なりに結論は出ていて、それは「センサーの塊である」ということで、要するに目とか耳とか鼻がついてるのは、生きるために色々な情報を集めて化移籍して死なないようにしたりエサが落ちてる方に行くのが必要で、そのために脳の近くにいろんなセンサーがついている。

なので、自分が神と対話するのであれば、「お前人間になんで耳とか目とかつけたの?やっぱお前らどこでも好きなとこ行って見たり聞いたりしろみたいな意図なの?」と確認すると思う。こんなに色々なセンサーがついているのだから、「使え」という意図があると思うんだよな。作ったやつに。


「人生とは何か?」「人はどこから来てどこから来るのか?」という問いに関して、「人間とはセンサーの塊である」「どこでもいいから出かけて行って目や耳や鼻で情報収集するように設計されているのでどこにでも行け」という感じで考えて、動いてきている。

センサーを全部使う必要も、常に全部使う必要もなくて、2018年ではスマホが色々なセンサーがついているんだけど、それをどう活用するかは人それぞれで、光学センサーを主たる目的として今日食ったメシの画像を集めて回っている人もいれば、位置センサーを活用し、様々な生き物を集めたり2色に別れて戦ったりしている人もいる。もしくは、Twitterだけやってるしセンサーいらんという人もいる。それぞれの楽しみ方に応じて搭載されている機能を楽しめばいいのだ。


旅といえば、子供の頃行きたかったような場所にはだいたい行ってしまった。

学生時代は時間も予算も自由にならず、思うように行きたいところに行けなくて、卒寮旅行とか、夏休みの貧乏旅行みたいなのをしたことなかったけど、社会人になってからはかなりその辺ノウハウを覚えて行きつくして、行きたいところがなくなり困るようになってしまった。

それで、昔読んで旅に行くモチベーションを得た本なんかを再読したりもしてみたのだけど。。


オススメの本が結構あるわけですが、人に聞かれたときにサクっと一覧を出せるようにしておきたいわけです。

・旅のラゴス
・そこに日本人がいた!
・イスラム飲酒日記

あとなんだろ




後で追記する。

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